日本の全法人の9割以上とされる「ファミリービジネス」をより包括的に支援しようと、デロイト トーマツ ファミリーオフィスサービス合同会社が設立されて1年。地政学的リスクの高まりが多くのビジネスで指摘される今、同社が生み出すサービスの意義とは。代表職務執行者社長 樋口亮輔(写真前列中央。以下、樋口)に1年の歩みを聞いた。
経産省が研究会を発足
ファミリーガバナンスがますます必要に
──デロイト トーマツ ファミリーオフィスサービスの設立から1年が経ちましたが、ファミリービジネスを取り巻く環境に変化はあったのでしょうか。
樋口:新法人としてスタートして以降、改めて強く感じているのは、経済や社会の大きな構造変化がファミリービジネスにも確実に影響を与えているということです。インフレや為替変動といったマクロ経済の動き、さらには地政学的リスクの高まりなど、ファミリービジネスにとっても前例踏襲での経営は難しくなったといえる状況が続いています。
後継者問題もますます深刻化しており、次世代への承継に不安を抱える企業は年々増えています。そのうえでファミリーにおける価値観も変容していくなかで、ファミリーガバナンスに対する関心も高まっています。特にこの1年は、より戦略的かつ長期的にファミリーの未来を設計したいというご相談が増えているように思います。単なる資産承継や税務対策ではなく、「ファミリーとしてどうありたいか」「次の世代に何を引き継ぎたいか」といった経営のあり方や思想に関わる本質的な問いに向き合う機会が非常に多くなったと感じています。
こうした流れもあり、政府もファミリービジネスについて注目しています。
経済産業省は2024年を「中堅企業元年」とし、初めて法律で中堅企業を定義しました。そのうえで企業の成長を後押しするための「中堅企業成長ビジョン」を策定及び公表し、本格的な支援の取り組みを始めました。中堅企業は、ニッチな技術や高収益なビジネスを展開している優良企業が多く存在しており、これらの約半数がファミリービジネスです。25年には、ファミリーガバナンスの在り方に関する研究会も発足されました。研究会は大学教授や弁護士、税理士、金融機関、ファミリービジネスの創業者などの有識者で構成されており、私自身もファミリービジネスの専門家として参加しています。
──政府がファミリーガバナンスの在り方を研究することで生まれる、経済へのインパクトについて伺えますか。
樋口:経営者が決定権をもつファミリービジネスは、迅速な意思決定ができるというメリットがある一方、経営者の独善性や保守的な姿勢が成長の阻害要因になってしまう場合もあります。またファミリーの利害が対立し、解決できない状態が続いてしまうと、ビジネスに大きな影響を及ぼしてしまうこともあります。ファミリービジネスを永続させていくには、組織を健全に運営していくためのガバナンスの強化が最も重要といえるでしょう。
政府による研究会においても、ファミリーガバナンスの指針となる規範を定め、それを広く活用してもらうことが中堅企業の成長、ひいては日本経済の成長に寄与できるのではないかと考えています。
ファミリーの精神的価値も継承
国内最大規模でフルオーダーメイドの支援を
──デロイト トーマツ ファミリーオフィスサービスはファミリービジネスを専門的に支援する新法人として設立されましたが、改めてサービスの意義についてお聞かせください。

樋口:ファミリービジネス支援の本質は「価値の継承」にあります。それは資産や事業だけではなく、理念や思い、つまり「なぜこのビジネスをやってきたのか」「何を大切にしているのか」といった精神的な無形資産も含まれます。
創業者から代替わりをしながらも成功し続けているファミリーに共通しているのは、そうした価値観が言語化され、家族全体で共有されているという点です。例えば、200年以上続いているようなファミリーでは、創業者の言葉や行動原則を明文化して残し、それをもとに意思決定の枠組みを設計しているケースもあります。
私たちはそのプロセスにおいて第三者として入り、各ファミリーメンバーの思いを丁寧にヒアリングし、対話を重ねながら共通認識をつくっていきます。外部が入ることで、メンバー間で生じてしまう感情的な衝突を避けつつ、建設的な合意形成を導くことが可能になります。
また次世代教育においても、価値観をただ教えるのではなく、自分の言葉で語れるようになるプロセスを重視しています。自分の存在意義が見えにくいと感じているファミリーメンバーに対し、明確な役割を設計することで、幸福度が高まるということもあります。ファミリービジネスの円滑なガバナンスのためにも、個々人の納得感はとても重要です。どのような立場でファミリーに関わるのか、その意義をご自身で見出せるように伴走することが、次世代が前向きに参画していくための鍵になると思っています。
──具体的な支援内容についてお聞かせください。
樋口:私たちのファミリーオフィスサービスでは、ファミリーオフィスの設立、機能の高度化、運営支援をはじめ、ファミリーガバナンスに関するサポート、不動産アドバイザリー、社会貢献支援などを包括的に提供しています。支援させていただく内容はクライアントの要望により異なるため、すべてがフルオーダーメイドで、ファミリーの事情に応じて柔軟に設計しています。
私たちの強みとして第一に挙げられるのは、国内最大級のファミリービジネス専門チームを有しているという点です。過去の豊富な知見と他社事例をもっていることは、クローズドな世界であるファミリービジネス支援において大きな強みとなります。また税務や法務、M&Aやコンサルティングなど、デロイトグループ内の多様な専門性と連携することで、複雑な課題にもワンストップで対応しています。固有の課題に対し、デロイトの国内外約45万人の専門家から最適なチームを編成し、即座に対応できる体制を築いています。
また近年では後継者教育の観点や、ビジネス戦略の一環として、居住地を日本から海外に変更されるケースもあり、そのための支援も行っています。国ごとに現地のデロイトのメンバーと連携し、複数国を比較・検討したうえで最適な選択をしていただけるようサポートします。*
ドラマは「すべての案件にある」
社内のノウハウの継承も強化
──ファミリービジネスの中長期的な支援に向けた、御社の取り組みについてお聞かせください。
樋口:ファミリービジネスの支援は中長期にわたるため、担当者個人に依存するのではなく、チームで対応することが重要です。例えば、担当者が交代してもサポートが継続できるよう、全員が案件を共有しながら動いています。クライアントにとって私たちサポートする側の誰に聞いても大丈夫という体制は、非常に重要なポイントです。今後さらにニーズが高まるなかで、私たちの人材育成と組織体制の強化は欠かせないと考えています。
また同社を設立以降、ありがたいことに、「ファミリービジネスの専門家を目指したい」といった理由で弊社に応募してくださる方が増えており、さまざまな経験をもった方々がファミリービジネス支援という社会的意義のある分野に関心をもってくださっています。
ただ、実際にこの領域で必要とされるスキルや知見を持ち、長期的にファミリーと向き合える人材はまだまだ不足していると感じています。ファミリービジネス特有の課題は年々複雑化していますし、政府も今後さらに支援の手を広げていく方針です。私たちとしても、クライアントの期待に応えるため、組織としての人材育成やノウハウの継承にも注力していきたいと考えています。

──最後に、今後の展望についてお聞かせください。
樋口:コロナ以降、「何が起こるかわからない」という意識が高まり、中長期的なプランニングと同時に、万が一に備えたコンティンジェンシープランのニーズも高まっています。
例えば、若い経営者が「自分に万が一のことがあったらどうなるのか」とご相談に来られた事例もあります。お子様がまだ幼く、経営に関与していないケースでは、株の分散によって経営が不安定になる可能性があります。そうしたリスクに備え、議決権を信託するという枠組みを設けるケースもあります。
私たちが提供する支援は単なるコンサルティングではなく、創業者の思いや理念を言語化・共有し、次世代へ引き継ぐという非常に繊細で責任のあるプロセスです。すべての案件にはドラマがあり、その一つひとつを丁寧に支えていくことが、私たちの役割だと考えています。これからもファミリービジネスが持続的に発展していくための支援をしていくことで、日本経済の発展に寄与できればと考えております。
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デロイト トーマツ ファミリーオフィスサービス
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ひぐち・りょうすけ◎デロイト トーマツ ファミリーオフィスサービス 代表職務執行者社長。2005年、税理士法人トーマツ(現デロイト トーマツ税理士法人)に入所。事業承継コンサルティング、組織再編税務コンサルティング、M&Aの税務支援業務などに従事。現在はデロイト トーマツ税理士法人のファミリーコンサルティング 部門長も兼任。
